芸術の分野に留まらず、ファッション業界からも注目されるアーティストの江頭 誠さん。西洋風なバラ柄の毛布を使った彼の作品は、どこか懐かしくも新しい。多くの人を魅了する毛布アートは、一体どのように生まれたのだろうか。

江頭さんのこれまで

―まず始めに江頭さんのこれまでの経歴を教えて下さい。

2011年に多摩美術大学(以下、多摩美)の彫刻学科を卒業してから、4年ほど下北沢の『アンティーク山本商店』というお店で家具修理を行っていて、しばらくはアートから離れた生活を送っていました。距離を置こうっていうよりは、普通に働いてみようと思ったので。手を動かすことが好きなので、家具を修理する仕事は好きだったんですけど、依頼を受けて直すっていう状況が徐々に心が満たされなくなって。

―それでアートの世界に戻ってきたという感じなんですね?

職場の先輩にも、「こういうのがあったら良くないですか?」みたいな言葉をこぼすようになっていたんです。「だったらやってみたら?」って言ってもらったこともあって、2015年に第18回岡本太郎現代美術賞展に作品を出展して。毛布を使った霊柩車の作品です。それが特別賞をいただいたんですよ。自分が0から作ったものが認められたことが凄く嬉しかった。でも、その頃は週5で働いて、休日に制作するっていうハードな生活を送っていたんですよ。最後の方なんかは、制作が間に合わずにお休みをいただいたりもして、すごく周りに迷惑をかけてしまって…。だから、今はもっと予定を動かしやすい仕事に変えて、仕事を掛け持ちながら制作を行っています。

神宮寺宮型八棟造 (写真提供:川崎市岡本太郎美術館)

―美大への進学を決め、アート分野の中でも彫刻を選んだのは何故ですか?

幼稚園の頃からモノづくりは好きだったんです。図工とか美術の時間が凄く好きで。それで、高校生の時、大学の進学をどうしようかなって考えている時に美大に行こうって決めました。高校2年生の時、通っていた予備校の講師として現代芸術作家の大巻伸嗣さんという方が来て、そこで“野菜を作る”という課題が出されたんです。その時僕は、クルミを作ったんですよ。それが、最終的に投票制でランク付けされるもので、自分の作品は全然選ばれませんでした。でも、大巻さんが特別賞を僕にくれて、ちょっと嬉しかったんですよね。それで、「立体物を作るのが楽しいな!」って思って、彫刻科に進もうと思いました。安易ですけどね(笑)

―現在、毛布を使用した作品を中心に制作をされていると思いますが、それ以前にはどんな作品を?

捻くれている性格のせいか、基本的に人がやらないことをやりたくなる習性があるんです。だから、「三重県から1人東京に出て、美大に行くんだ!」と気合いに満ち溢れていたんですけど、多摩美に入ったら皆が芸術やアートの世界にいるわけで被っちゃうじゃないかってなったんです。彫刻科に入ると、基本的には木と鉄、粘土、石の中から素材を選んで制作をするんですけど、「素材ありきで形を考えることから脱却しなければ!」みたいな意思に当時はかられて、色んな素材を使用して作品を作っていましたね。自分の作品を振り返ると、結局、素材ありきになっている気がしますけど(笑)

―具体的にはどんな作品を制作していたのでしょう?

ミカンの皮で熊本城を作ったり、ゴム素材でぶよぶよの巨大なバッタを作ったり。IKEAのテーブルを購入して掘ったり、自分がバッタになって草を食べるっていうパフォーマンスなんかも行っていました。あんまり囚われたくない気持ちがあって。今考えると、逆に囚われている感じもします。

熊本城
ちょうこくの森

毛布アートの始まりから現在

―今、中心となって制作している毛布を使った作品を作り始めたのはいつ頃でしょう?

バラ柄の毛布の存在は昔から引っかかっていて、最初に使用したのは大学4年生の卒業制作の時でした。今は毛布で包んだ作品をしているんですけど、この時はぬいぐるみのような感じで制作していて、その時は大阪城を作りました。題して『大阪・冬の陣』。この時はまだ、バラ柄をあんまり意識していたわけではなくって、ギャグみたいな感じでしたね(笑)

大阪冬の陣

―毛布を使った作品の中でも、少しずつ変化していたんですね。今の毛布を張るという作り方に移行してきたのは何故ですか?

2016年に、SICFという青山にあるスパイラルのアートコンペに作品を出したのがきっかけでしたね。与えられた1,6×1,6㎡の空間を活かして、トイレの部屋を作ったんです。その時はまだ、発砲スチロールで形を作った後に毛布を張るっていう作り方をしていました。だけど、作ったのが空間だったので、もちろんお客さんが中に入りたくなります。ある時、男の子がそのトイレの部屋に入って、トイレに跨ったことで作品が壊れてしまったいました。そこで僕は、壊された怒りよりも、跨ることを想定せず、実際には座れないトイレを作ってしまったことに不甲斐無さを感じて。それに、自分のこの作品の場合、自分で1から形を作る必要はないなっていうことにも気が付いたんです。だから、もっと作品に物としての強度が欲しいなと思って、そこからは本物の製品に貼っていくという作品の作り方に変えました。その方が、お客さんが空間に入って遊べる作品を作れるなって。

お花畑

―最近の江頭さんの作品は、お客さんがはいって楽しめるものが多いですよね。それは、トイレの作品がきっかけだったんですね。

そうですね。そこから、体験型に移行していきました。それに、バラ柄の毛布って日本のオリジナルと言われる形らしいんですけど、日本のオリジナルなのに西洋風って何なんだよって。毛布1枚で日本の文化の作り方、生まれ方みたいなのが少し見えてきますよね。戦後、日本が敗戦して間接統治下に入った中で、西洋や欧米の文化を気づかないうちに取り込んでいるみたいな。

毛布から「西洋、高級で良いよね」って思想の名残を感じるんです。他にも、雑誌のモデルが西洋人だったり、原宿に欧米で人気のポップコーン店が出店したり、正装がスーツという洋服で結婚式も洋式だったり。自分たち中心ではなくて、西洋や欧米ありきで物事を考えるスタイル。そういった文化の中に自分たちがいることを、僕だけではなくお客さんにも感じて欲しいと思って、毛布の作品の中に入ってもらい、その世界に埋もれるような作風になりました。

―毛布で色んなものを包んでいると思いますが、日本的なものも多い気がします。包むものは、どのように選んでいますか?

敢えて包むものは和と洋がはっきり分かれたものにしています。五月人形やひな人形があると思えば、サンタクロースがあるみたいな。毛布で包むことによって、柔らかく、アウトラインが曖昧になり、和と洋の境も曖昧でフラットになっていくと思っていて。それが面白いんですよ。写真で取ると、さらに立体感もなくなり、よりフラットになります。各国を象徴する日本的なもの、西洋的なもの、欧米的なもの、見て分かるものを包むというのは意識していますね。

―他に作品を作るにあたり意識しているポイントはありますか?

あとは、西洋的なものを使って日本的な配置をしたり、その逆をしたり。和と洋の比率で決めている部分もあって、僕の中でも曖昧ではっきりしていないんですけどね。

あいまいな春

毛布アートの先に描くものとは

―『江頭さん=毛布の人』という印象が強いですよね。今後もずっと毛布の作品を作っていくのでしょうか。

今後も毛布の作品はやっていくんですけど、それだけじゃなくて他の素材を使った作品も作っていきたいですね。今は、毛布を中心にやってはいるんですけど、それだけだと僕が大学生の頃に周りに抱いていた“素材ありきで作品を作る”人になってしまいそうで。そもそも、こんなことを意識している時点で素材に囚われていますけどね(笑)

―つい先日まで、滋賀県で展示を行っていましたよね。それはどのような気持ちで毛布の作品を?

これは、まさにそんな悩みを感じる中行なった展示なので、“お葬式”をテーマに今までの自分の作品を祭壇風に並べて、自分と作品の供養を行っていたんです(笑) 祭壇っぽくシンメトリーに配置して、フロアスタンドを灯篭に見立てて、お棺の代わりにベッドを配置して。

今までは、お客さんに入ってもらう作品だったんですけど、ここに入るのは供養される僕なので、ここはお客さんが入れない空間です。作品の中に入ってもらって、写真を撮ってもらったりするのも凄い嬉しかったんですけど、“もっと自分の直の目で観て欲しい”っていう欲求も正直あって。その人の背景になるのは、コンセプトとしては間違ってないんですけど、作り手としてはもどかしい部分も少し感じていたんです。だから、お葬式というスタイルにして。別にこれで毛布の作品が終わるわけじゃないんですけど、気持ち的に区切りがついて、もっと自由に色んな作品作りができるかなって。

―毛布以外では、今どんな作品を作ろうと考えているのでしょうか?

毛布もそうだったんですけど、ポップにツッコミを入れていくような作品を作りたいですよね。友達の家の玄関にあるようなゴールデンレトリバーや天使、ゴブリンの置物とか。レースのテーブルクロス、日本のどこかのお土産、干支の置物たちなんかも。人の家の玄関は結構見ますね。ワクワクします(笑) 和と洋がミックスされている感じが特に。

そういう境が無いようで有る、自分も含めて勝手に作り出された『境界線』というものにツッコミを入れる。“敢えて境界線を作っていく”というテーマで、お弁当に入っているバランを使って、全てに境界線を作っていくとかも良いですよね(笑) それこそ彫刻という枠組みだけに囚われずに、身体を使ったパフォーマンスをしたり、映像や音楽などと絡めて、更に深くツッコミを入れていこうと思っています。まあ、1番『境界線』を作っているのは自分なので、自分にツッコミをいれていくことになりますけどね(笑)

ブランケットが薔薇でいっぱい

なぜ作品を作り続けるのか

―アートってなくても困るものではない分野ですよね。そんな中で、江頭さんがアートを続ける理由を教えてください。

ここ最近年を重ねてきて、死を意識することが増えたんですね。親も同時に年を重ねていきますし、自分が一時期体調崩したりしたこともあって、人間いつ死ぬか分かんないなって。だから少しベタですけど、自分のためにやりたいことやるっていうのが強いです。家具修理の仕事をしていた時は、今より安定した収入を得られたんですけど、淡々と時間が過ぎていくことに焦りを感じていました。

だから、今は山と谷の落差が凄くて身体もボロボロになるんですけど、心は健康です。作品作りって、自分のケアというか、自分というものが何なのかと探っていく行為だと思ってて。もちろんそれだけではなく、探っていくためには学びが必要です。基本、作品の中には自分というものが存在しないと面白くないと感じているので。

アートをやらなきゃっていう気持ちも、アートをやっている感覚も僕の中では正直あんまりない。たまたまやっていたことがアートだっただけで、境界線を付けなくても良いのかなって思っています。小さい頃に端材でオモチャを作って友達と遊んでいた感じっていうのが楽しくて、作った作品を友達やお客さんが観に来てくれて、これ面白いでしょって話す感じ。それが続けられたらいいなって気持ちです。言ってしまうと“遊びの延長”みたいな感じですね。本気の遊び。

―最後に江頭さんの今後の目標を教えて下さい。

家庭のことをちゃんとやりつつも、自分のことに全力でやっていきたいです。何かしらのクリエイティブなことを続けていけたら良いなと思います。日本じゃなくて海外でも良い。境界線を無くしていく作業、本当の自由って、こういうことなのかなって。心も身体も健康でいて、ずっとワクワクした生活を送っていけたら理想です。どんな形でも良いんですけど、自分が納得する形で、自分を押し殺さないように。ついこの前も、展示で自分の供養を行ったばかりなので、これを言うのもあれなんですけどね(笑)

 

自分の心を満たすため、好きを突き詰めて作品を作り続けてきた江頭 誠。意外にも世間からの注目とは反対に、自分が型にはめられることへの懸念を奥底に抱いていた。毛布の作品に一区切りをつけた彼は、次にどんな作品を作るのであろうか。彼の作品から目が離せない。

江頭 誠(えがしら・まこと)

2011年多摩美術大学美術学部彫刻学科卒業。2015年『第18回岡本太郎現代芸術賞展』にて特別賞受賞、2016年『SICF17』にてグランプリ受賞の経歴を持つ。現在、バラ柄の毛布で様々なプロダクトを包んだ毛布アートを中心に制作を行い、アートだけでなくファッションの分野からも広く注目されている。

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