“Me Somewhere Else” © Peter Mallet, from www.thespaces.com

3年前、ヴェネチア・ビエンナーレ帰りの人々から「日本代表アーティストの作品は本当によかった」という声をよく聞いた。その壮大で迫力あるインスタレーションの作者であった塩田千春のアートに改めて焦点を当ててみたい。

絵画からパフォーマンス、そして糸の世界へ

塩田千春の活躍は止まない。毎年世界各地で展示を発表し多大な功績をあげている。現在はロンドンのBlain|Southern Galleryでの『どこかにいる私』”Me somewhere else”が開催中だ。この個展により、ギャラリー内のスペースは塩田の赤い世界にすっかり染められた。ヴェネチアでも見られた赤い糸で張り巡られた空間。そして足が一組、しっかりと地に着いている。

大学では絵画を専攻していたため、塩田の初期の活動はキャンバスという二次元の枠に留まり、なにか満たされないものだったという。その後彼女は二次元を超えた表現方法を追求し始め 、自らの体を使うパフォーマンスも通して模索を続けていたが、そこで「糸」という新たな表現媒体をみつけた。それは、パフォーマンスにおける自身の肉体は不在となっても「紡ぐ」ことにより自己の形跡を残していくことを可能にするアプローチの発見であった。それは今では10年以上彼女のメインのクリエーションとなっている。また、塩田自身が糸の網の中に入っていくようなタイプのパフォーマンスプロジェクトが手掛けられることもあった。

” The Crossing” 2018© Zan Wimberley

白、黒、そして血のような赤

塩田が使う糸の色は、ほぼ常に白と黒と赤。それぞれが迷いなく我々に訴えかけるような威力を持つ色だ。

白を用いた作品の例しては、2017年1〜2月にパリの高級デパート『ル・ボン・マルシェ』(Le Bon Marché)の館内中央の吹き抜け部分に壮大なインスタレーション『どこへ向かって』”Where are we going?”が展示された。その吹き抜け内を最上階まで昇るエスカレーターを添うように造られた大規模な作品であった。ウインターセールで賑わう消費社会空間と隣り合わせに真っ白な別世界が創られたことが何とも興味深かった。

“Where are we going?” 2017 © Estelle Lefevre

黒の例としては、『眠っている間に』”During Sleeping”(2002年ルツェルン、など各地で発表)があげられる。黒い糸の紡がれた網の下に幾多もの白い病院用ベッド(かつて精神病棟で使われていたもの)が並べられるという構成だ。下の写真はそれらのベッドに女性が眠るというパフォーマンス時に撮られたもので、一目見るだけでも強烈な印象を与えるものだったようだ。

ベッドとは大部分の人が生まれ、そして亡くなる場所。また、夢を見るという現象もそこで起こる。生と死への探求、そして人は眠っている間、夢というものによって他人と繋がっているのではないかという思いからこの作品が生まれた。この色を好む理由として塩田は、黒い糸を空間に紡いでいくことは黒鉛筆で絵を描いていく感覚に似ているからだとも言っている。

“During Sleeping” 2002, from fadmagazine.com

そして、赤い糸を使った作品も数多く創られた。代表作としてはもちろん冒頭でも話したヴェネチア国際展の『掌の鍵』”The key in the hand”があげられる。上記の作品のベッドのように、紡いだ糸の網に私たちが日常で使う「もの」を組み合わせていく塩田。当作品ではそれは「鍵」だった。この制作のために塩田は世界中から5万個もの鍵を集め、すべてに赤い糸を通し吊り下げたのだ。

「鍵」とは記憶の宿るオブジェ。「これらの鍵を寄付してくれた人々に会うことは決してないだろうけど、彼らの記憶はこの作品の中に存在し続ける。」と彼女は語る。当作品に近い鍵をモチーフとした作品は、他にも何点か日本やヨーロッパで発表された。

“Uncertain Journey” 2017 © Nele Thorrez

同じ赤色の作品として、現在ロンドンで開催中の”Me somewhere else”に話を戻してみたい。圧倒的な赤い糸の連なりは他の作品でも見られたものの、中央にある一組の足からは何か独特なものが感じられる。無数のオブジェが集められていた過去の作品ではその一つ一つは儚く消えてしまいそうなイメージでもあったが、その力強く佇むブロンズの足からは永久性をも感じられる。

この作品において、赤い糸は私たちの脳内の神経細胞を表現しているらしい。そして、「人間の意識は体と独立して存在できるものなのか」という疑問に基づき制作したと塩田は語る。「足が地に着いているとき私の体は世界に繋がっていると実感できる。しかし、もしこの体が失くなってしまったら私の意識はどこへ行くのだろう?」

赤色はよく血の色だと言われる。だから、それは「生」を表していると。そして生理や子宮といった女性特有のものを思い起こす女性も多いらしい。

作品は一人歩きしていく

“Over The Continents” 2011, from www.kaat-seasons.com

塩田のアートの強みは、それぞれの作品の意味することがひとつの解釈に留まらないところにもある。靴、スーツケース、本、ベッドなど、作者も個人的に思い入れのある「もの」が作品に導入されているが、作品を完成させるためには自分を他人のように客観視する必要があるとアーティストは言っている。作家本人が作品に感情移入しすぎてしまうと、逆に観客が感情を注げなくなってしまうと考える塩田。

そこで距離をとることで、観客一人一人が自分の中になにかを呼び起こすことができるのだ。それは作者が一度は自分を殺して生み出された作品が、子供のように一人歩きを始めていくかのようなこと。

ベッドを使った作品を観た観客が不眠症の辛い経験を思い出し、作家の塩田も同じ経験をしたに違いないと思い強く共感してくれたことがあったらしい。その他にも、作品を通して思い起こされた熱い気持ちを綴った手紙を受け取ることがあるそうだ。自分の全く知らない人が自分とは全く別の形で感動するということ。それらにはときに驚かされもするが、作品に自身の記憶を重ね共感してもらうのは非常にうれしいことだとアーティストは語る。

6月から、魂がふるえる

次回の日本での展覧会が6月から東京の森美術館にて予定されている。『魂がふるえる』というその個展は、大規模なインスタレーション6点を中心に20年に渡る活動の集大成ともいえる過去最大規模のものになるそうだ。東京在住の方々は何とも幸運だと言える。そこであなたのどんな記憶が呼び覚まされるのか、ぜひ経験していただきたい。

 

【Infomation】

塩田千春展:魂がふるえる
会期:2019年6月20日〜10月27日
会場:森美術館
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階

塩田千春 / Chiharu Shiota
Webサイト:www.chiharu-shiota.com
1972年大阪府生まれ、ベルリン在住。2007年芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞、2015年ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館代表作家として選出される、など多くの功績を残し世界で名の知れる現代美術家。

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