Tomoko Sauvage © Luc Arasse.

10年程前、パリ北部の小さなバーでTomoko Sauvageの水を使った演奏を初めて聴いた。今では毎週のようにどこかの国でコンサートをしているとの情報をみかける。彼女の音楽とはどのようなものなのだろう。

インドの楽器が人生を変えた

Tomoko Sauvage(トモコ・ソヴァージュ) は横浜で生まれ、子供時代既に4歳から始めたピアノに情熱は見出していたものの、保守的な両親は音楽家への道に対して肯定的ではなかった。それは将来彼女が日本を離れる大きな理由となった。NYでジャズを学び、一度帰国した後2003年にはパリへと移住したTomokoだが、この時期はジャズピアニストとしてまだ本当の自分の音楽と呼べるものはみつけられずにいたそうだ。

そんな中、ジャズ奏者Alice Coltrane(アリス・コルトレーン)やアメリカンミニマリズムを代表する作曲家 Terry Riley(テリー・ライリー)たちの影響から、自然にインド音楽にも惹かれていった。そして2006年のある日、水の張られた磁器を竹の棒で叩くインドの伝統的な楽器ジャラタランガムの演奏を観て衝撃をうけたのだった。彼女はすぐに自宅のキッチンで真似して演奏し始め、その後まもなくハイドロフォン(水中マイク)を購入し器の水の中に入れてみた。それが彼女の人生を変える「自分の音」と呼べるものとの出会いであった。

from www.musicworks.ca *The photo is for illustrative purposes.

このようにして生まれた彼女独自の楽器は「ウォーター・ボウルズ」と呼ばれる。今日もこの楽器を使い音楽作りを追求し続けるTomoko Sauvage。

彼女は多くのプロジェクトを手掛けているが、本記事では特に次の3つを選び紹介したい。

1. A Rainbow In Curved Water

© Jens Ziehe

A Rainbow In Curved Waterは、氷の塊がいくつも吊り下げられ、そこから溶けた水滴が下のボウルに落ち音を奏でる、という仕組みのインスタレーションである。目で見ても耳で聞いても清らかな印象の作品に仕上がっている。

このプロジェクトはまず2010年にベルリンのギャラリーGRIMMUSEUMで発表され、その後香港のEmpty Galleryを含む世界各地で展示された。その氷が溶けるランダムなタイミングで音の鳴るパーカッションは、「自然との共作」だとも言うことができる。それは彼女の他のプロジェクトでもみられる傾向の一つだ。

2. Green Music

Green Music’s setup from o-o-o-o.org

鍵盤や水、ミュージシャンの服までもすべてが鮮やかな緑に染められ、視覚的にも心の安まりそうなGreen Music。それは、Francesco Cavaliere(フランチェスコ・キャバリエレ)とのデュオプロジェクトだ。Francescoはベルリン在住のミュージシャンで、声やオブジェクト、フィールドレコーディングなど様々な素材を組み合わせライブ・エレクトロニクスを行う。ギャラリーでのキュレーションも手掛け、2010年に上記のベルリンでのインスタレーション制作を提案したのも彼だった。Tomokoは彼との出会いにより、以前はこだわりのなかったビジュアル面にも気をかけるようになったと言う。

「緑の音楽」というこのプロジェクトは、その名の通り「緑」という色をコンセプトの軸とした音楽制作だ。彼らはオブジェクトや言い伝え、ニュースなど緑にまつわるあらゆるものを探し集め、それに基づいたサウンドクリエーションをしているというのだ。例えば、Francescoが子供のときによく食べていた新芽の茎。その苦い味を音で表現しようとしてみたり、緑色の生き物である両生類の習性を曲の時間構成の仕方に取り入れてみたり、といった具合に。そしてコンサートではお客さんたちもが緑の服で来てくれることがあるらしい。

パリとベルリンという離れた街の間でプロジェクトを進めていくことは難しくもあるだろうが、会えない期間にはファイル交換や緻密な話し合いを重ねているそうだ。そして、会った際にはお互いにサプライズを起こすような演奏もし合い、最終的には予め時間をかけ作曲された部分と即興部分がうまく混ざり合うような音楽作りをしていると彼らは語る。

このGreen Musicの一曲は以下の音源からお聴きいただける。

3. Solo Waterbowls

© Yoshihiro Inada

彼女の最もメインとなっている活動はやはりソロである。その解説をするために彼女の楽器「ウォーター・ボウルズ」についてより詳しくみていきたい。

12年前から発展してきた彼女の演奏システムであるが、現在のセットアップは水とハイドロフォンの入った、大きさの違う5つの磁器の器により構成される。音源は水であり、雫や水波から音が生まれるので、彼女は水を掻き混ぜたり水滴を垂らしたりしながら演奏をする。その音はハイドロフォンに捉えられ、ループやディレイペダル、空間に対して音のバランスを整えるサウンドミキサーなどの電子機器に届く。Tomokoはそれらすべてを使って彼女独自の「音景色」を描いていく。

ウォーター・ボウルズはとてもデリケートな楽器で完全にコントロールすることはできない。なぜなら、水が蒸発すると周波数は変わってしまうし、水面の揺れや器のもつ倍音も会場や観客の様子に影響を受けてしまうからだ。

そのためTomokoは水面を触ったり、ときにはコップで水を足したりの調整をしながら、環境に対応するように演奏をする。また、このシステムではハイドロフォンとスピーカーの間でフィードバックという現象が起きるので、彼女はそれも音楽の一部として取り入れるような作曲をしているという。その現象もまた、コントロールが難しい。このように、Tomoko Sauvageの音楽は自然や環境との結びつきが深く、奏者が思い通りに操るだけのものではない。そして、そのどこか不完全と言えるようなところがこの音楽の魅力の一部となっているようだ。

そしてその音のイメージとしては、彼女はかつて沖縄の海で珊瑚礁の上をおおらかに泳いだことを思い出すらしい。その今まで見た中でいちばん美しかった情景のような音楽を作りたいと願っているのだそうだ。

水という流動体で形のないもの。そして地球にとってかけがえのないものから生まれる音楽。まだ知らないという方はぜひ聴いていただきたい。彼女の2017年のソロアルバムの抜粋はこちらから。

探究心は止まない

パリでは彼女のコンサートを頻繁に観ることができるのだが、それらのコンサートは毎回違い何度観ても飽きることはない。ときには水の存在をリアルに感じ、またあるときはフィードバックによって生まれたシャープさを第一に感じるときもある。

そしてステージの近くに座れたときには、ミュージシャンが自身の手で真剣に水面を操っている様子が見受けられ心を打つ。そこからは、彼女の独自の世界を創ろうという意思の強さと音作りへの探究心が感じられる。Tomoko Sauvageの音楽が世界中で知られつつあるのも、それらのためではないだろうか。今後の活躍にも期待が止まない。

Green Musicの2017年日本公演の様子 from themassage.jp

彼女のいちばん最近の来日は2017年の夏であった。Green Musicの公演や子供たちのためのウォーター・ボウルズ・ワークショップなどが催され、とても充実したものだったようだ。次回の日本公演が待ち遠しい。

Tomoko Sauvage Webサイト:https://o-o-o-o.org/