ジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)。ニューヨークで1970-80年代ストリートアートをメインに活躍したアメリカの画家。

バスキアといえば「ブラックピカソ」とも称され、最近ではその高額な作品の数々で有名だ。日本では、ファッション通販のZOZOTOWN(ゾゾタウン)などを展開するスタートトゥデイ社長の前澤友作氏が123億円でバスキアの作品2点を、2017年のオークションで落札購入したことで話題になった。アートコレクターとしても知名度が高いデヴィッド・ボウイもバスキアの作品を所有しているという。

彼の没後30年を記念して、バスキアの誕生日と合わせた昨年12月22日からYEBISU GARDEN CINEMAほか全国各地で現在順次公開中だ。バスキアの映画は過去にも1996年に公開された伝記映画「バスキア」や、2010年公開のドキュメンタリーフィルム「バスキアの全て」などが有名である。今回のドキュメンタリー映画「バスキア、10代最後のとき」では、どのようにバスキアのことを紹介しているのだろうか。この映画をより面白く見るために、少し予習しておきたいバスキアの豆知識をご紹介しよう。

グラフィティ・アートの天才、画家の技術は全て独学

1960年、ニューヨーク市ブルックリンで生まれたバスキア。幼い頃から絵を描き、画家の技術は全て独学。高校は中退しており、学校の美術はあえて選考しなかったという。17歳の頃から地下鉄、スラム街地区の壁などにスプレーペインティングを始める。当時のバスキアは家も無く、友人宅のソファーを転々と寝泊まり歩き、直接手書きで絵の具をぬったTシャツやポストカードを売りながら生計を立てていた。

1983年、アンディ・ウォーホルと知り合い、彼とのコラボレーションでバスキアの名は一気に世間に広まる。キース・へリングなど、当時多くのセレブと交遊があった。

1988年、ドラッグ流出が非常に盛んだった当時のニューヨーク。ウォーホルの死後、まるで彼の後を追ったかのように、ヘロインのオーバードースで死去してしまった。まだ、27歳という若さだった。

治安最悪、70-80年代のニューヨーク

70-80年代のニューヨーク、バスキアが活動した時代背景だ。当時アメリカは、ベトナム戦争加入などの影響で景気がかなり悪く、ニューヨークは特に全米最悪の治安地帯となっていた。ザ・ビートルズのジョン・レノンもニューヨークの自宅で射殺され、地下鉄は落書きだらけ。保険金目当ての火事事件が多発し、まるで戦場の焼け野原のようだったとも言われている。

「バスキア、10代最後のとき」は特に、バスキアが彼の名を世間に広める以前の70-80年代ニューヨークを舞台とし描かれた作品。当時の社会情勢やアート、ヒップホップやパンクロック、人種問題などのカルチャームーブメントをドキュメンタリー映画としてリアルに描写している。

当時のことを語るバスキアの友人たち

当時のことを語るバスキアの友人たちが数々と登場してくるのもこの映画の魅力。それぞれの主な登場人物がいったいどういう人物なのかをご紹介しよう。

-Alexis Adler(アレクシス・アドラー)

生物学者。当時バスキアと暮らして生活していたため、彼のことを知りつくしている。現在でも彼の作品を多くコレクションに所有しており、オークションにかけたりと彼の死後も彼の名誉のためにいろいろと活動している。この映画の登場人物の中で、最もバスキア本人と近しい存在であった人物だと言えるかもしれない。

-Fab 5 Freddy(ファブ・ファイブ・フレディ)

バスキアと共に当時活動した。同じくニューヨーク生まれのヒップホップのパイオニアである。グラフィティ・アーティストとしてもバスキア同様広く知られている。「バスキアとはよく一緒にメトロポリタン美術館に通いアートを独学で勉強しあった」と親しかった間柄を語っている。

Jim Jarmusch(ジム・ジャームッシュ)

「ミステリートレイン」「パターソン」などで有名なアメリカの映画監督。アメリカの著名ミュージシャンや永瀬正敏など、実際でもカッコいいファッショナブルな人物を彼の映画に頻繁に起用することで人気がある。バスキアと同じ時代をニューヨークで過ごした。また、この映画「バスキア、10代最後のとき」を監督したサラ・ドライバーはジャームッシュの元パートナーだったことで広く知られている。

-Patricia Field(パトリシア・フィールド)

衣装デザイナー。「プラダを着た悪魔」でアカデミー賞の衣装デザイン賞にもノミネートされた。テレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」ではスタイリストとしても活躍。ジャームッシュ同様、同時期をニューヨークで過ごした。多大なアートコレクターとしても有名で、現在では残念ながら閉店してしまった、自身の名を冠したブティックにバスキアは虜になっていたという。

 

1970-80年、ニューヨークを舞台に偉大な作品を残し続けたアーティスト、ジャン=ミシェル・バスキア。彼が亡くなってから30年が経過した。荒れ果てた街と社会、そしてアートムーブメント。ドキュメンタリー映画「バスキア、10代最後のとき」。Netflixやインターネットの映画鑑賞が主流の現在、ぜひとも足を運んでまで見てみたい映画の一つだ。