あなたは伝説のシンガーDamo Suzukiのことをご存じだろうか。

1960年代後半に西ドイツで結成されたカリスマ的ロックバンドCanの元ボーカルだった男だ。前衛ポストパンクの生みの親とし、超有名バンドのオフィシャルメンバーだったのにも関わらず、日本ではインターネットが普及する現代まで彼の正体は謎のままだった。現在でも現役でコペンハーゲンでのライブを終えたばかり。Damo Suzukiとはいったい誰だ。彼の人物像を追いかけたい。

10代で日本を飛び出した男

本名、鈴木健二。

「Damo」の名前は、森田拳次の漫画、「丸出だめ夫」の「だめ夫」が由来だそうだ。何をやってもうまく行かない漫画の主人公に自分を重ね合わせ、当初は、「だめ夫鈴木」と名乗っていたのだが、ヨーロッパの人々には、「だめ夫」は発音しづらく、いつの間にか「Damo」になったと言う。

早稲田大学第二文学部中退後、彼がまだ10代のころ単身で日本を飛び出し、世界各地を単独放浪して歩いた経歴がある。初めはアメリカ、そして東南アジア、最終的にはヨーロッパに落ち着き、ギターの弾き語りをしていたそうだ。海外放浪をしようと思ったきっかけについて、Damo自身は元から地理好きだったことが理由だと答えている。彼のライフスタイル自体がすでに、前衛ポストパンク感を思いっきり出している。

現在はドイツの地方都市ケルン在住で、3人の子供の父親だそうだ。

ロックバンドCanとの出会い

1970年、当時ボーカルが脱退してしまったロックバンドCanは致命的痛手を負っていた。次なる新しいボーカルを探しオーディションなどを行なっていたそうだが、中々思うような人材は見つからなかった。(主な理由は、歌が上手すぎたとのこと。)

そんなある日、ミュンヘンでのライブの小休止中に、路上でギターを弾きながら奇声をあげていたDamo Suzukiを他のメンバーたちが発見。即日、彼はCanのボーカルとして採用され舞台へ立たされたそうだ。以後彼は、4つのアルバムのオフィシャルメンバーのボーカルとしてロックバンドCanに在籍、1974年の脱退まで彼らの全盛期を支える大きな力となった。

ストリート雑誌Viceのインタビュー記事でDamo Suzukiは、当時のCanとの関係をこう答えている。

Damo Suzuki:当時彼らにボーカルに来ないかって言われた時は、僕はすでにミュージカルのギター出演者として別の仕事があったんだ。単純により高い給料がCanのオフィシャルメンバー参加の決め手だった。でも当時の彼らは、僕の声が好きでバンドに雇ったんじゃなくて、誰かアジア系の男が路上で叫んでいるのがまるで彼らにとって宇宙人みたいだったからなんだ。そういうイメージが前衛ポストパンクをリードする彼らにとっては必要だったみたいだね。1970年代前半のヨーロッパで、日本人や中国人を路上で見かける機会はまだ少なかったし逆にそれが好機にもなった。

彼らは、ケルンの元映画館の廃墟をスタジオとして使っていた。いわゆるアーティストが集うコミューンみたいな場所だったけど、僕らは3年間ほぼ毎日そこで一緒に過ごしたよ。普通、レコーディングするときはスタジオ代を時間ごとに払うけど、彼らは大音量を出しても何も問題が無い自分たちのスタジオを持っていたからラッキーだった。12時間ぶっ通しで演奏したレコーディングの音源を後で編集したりと、色々な面白い実験ができた。

(Viceインタビュー記事より)

ライブは本番勝負、リハーサルはさぼった方が良い

Canの初舞台に立たされた時、リハーサルは全く行われずの本番勝負だったそうだ。現在でも多くのバンドとライブ活動をしているDamo Suzuki。今でもリハーサル無しのぶっつけ本番勝負のライブスタイルは変わらないそうだ。

インタビュー記事でDamo Suzukiは、リハーサルをやらない理由についてこう答えている。

Damo Suzuki:音楽はコミュニュケーションツールの一つ。他のバンドメンバーとの音楽を通しての対話は、リハーサル無しの本番勝負の方が自然発祥で断然魅力がある。演奏する側からしてみたら、レコーディングより生ライブの方が絶対面白い。ただ家で一人でCDを聞いているだけだと友達はできないけど、ライブに行って一緒に盛り上がって騒げば仲間もできるでしょ?リハーサルなんて完全に嘘っぱち、そんなのはさぼった方がましだよ。

(Viceインタビュー記事より)

生涯の旅人でありたい

1983年からは、ノンストップの世界ツアーを何年も続けて行っている。その際、一度サハラ砂漠で死にかけ、石器時代とのチャネリングにも成功した経験があるという。本物の宇宙人の友達さえいそうな興味深い男だ。

現在でも完全なる現役で、2019年は今後もイギリス、アメリカ、メキシコなどのライブツアー予定が組まれている。世界中をライブで周り「生涯の旅人でありたい。」と語るDamo Suzuki。路上であげた奇声が彼のキャリアを輝かせたと言う奇妙な日本人。今後の活動もまだまだ見逃せない。

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