2011年に起きた東日本大震災は、国内のみならず、世界中の人々に大きな衝撃と悲しみを与えた。アメリカ人アーティストのブライアン・リード氏も、その自然の驚異に心を痛めずにいられなかった者の一人である。その心痛から彼は、2016年、まだ震災の爪痕が残る被災地・宮城県石巻市雄勝町に滞在し、震災に関する作品を制作し、個展も開いている。彼の故郷であるアメリカ・ウェストバージニア州のハンティントン美術館で現在、個展が開かれている彼に話を伺うことができた。

アーティストとして生きるということ

ハティントン美術館で開かれているリード氏の個展In the Crosscurrentの作品

―まず、芸術の道へ進まれたきっかけは何だったのでしょうか?

芸術家になるという旅路にガイドブックのようなものはありません。それぞれのアーティストが、経験、環境への反応、嗜好やペルソナなどによって、その道を進むように示されるんです。私の芸術への旅路は、故郷であるウェストバージニア州の小さな町アイヴィーデイルの自然と、実家の農場から始まりました。故郷の壮大な山々や河、森など、その自然の美しさに多大な影響を受けています。

また、2人の姉も芸術に奏でていて、中学生時代に、姉たちが大学のプロジェクトで制作した作品たちからコンテンポラリーアートというものに触れました。その後、母の勧めもあって、風景画とパステルアーティストのサンドラ・キング氏に師事し、絵画の基礎やテクニックを学びました。一方、芸術は、私の夢と悪夢を表現するセラピーでもありました。幼い頃に父が殺害され、人生というものがより困難なものになった私にとって、芸術は、その苦痛から逃れる手段でもあったのです。

 

――ブライアンさんは、どんな作品を制作されているのでしょうか?

私は、自分自身を「絵画表現する人類学者」だと思っています。1つの素材や型にはとらわれず、様々な形で、世界各地の特定の地域やコミュニティをプロジェクトとして扱います。私の作品は、大きな概念のエレメントを使うと同時に、一般的な絵画や彫刻の制作も行います。組子細工や絹刺繍など、伝統工芸の手法を作品の中に取り入れるのも好きですね。

 

――現在、ハンティントン美術館で開かれているご自身の個展について教えてください。

私は、どのように芸術作品が、スピリチュアルな力や意味を持つようになるのかに注目していました。芸術は、「光景」と「儀式」が組み合わさったものだといえます。そして、それは時に我々を俗世から解脱させ、神や霊的な意識へと近づけてくれるのです。ハティントン美術館で現在、開かれている私の個展に展示されている作品たちは、日常生活に存在するものを使って、集団的、宗教的、象徴的に「魂を高める」ことに焦点を当てて制作しました。

東日本大震災とモリウミアス

石巻市雄勝町で開かれた個展「The Lost Souls」の様子

―東日本大震災についてはどのように知ったのでしょうか?

震災と津波についてはニュースで知りました。また、ピアニストでパフォーマーで、私の親しい友人であるタムラアサミさんからも、現地の状況について、くわしく聞きました。2016年に初めて訪れたときに目の当たりにした、まだ残るその瓦礫の山と、津波によってほぼ消えてしまったコミュニティの跡は、想像をはるかに超えるものでした。

 

―なぜ、被災地を訪れたのでしょうか?

当時、私は「壊れないもの」というテーマをもとに作品制作に励んでいました。個人的な災難に見舞われていた私は、「どうすれば悲劇から前に進めるのか」を知りたかったのです。そして、私の作品が、想像を絶するような悲しみと喪失から、生きるために前に進まざるを得なかった被災地の方々を癒やす助けになれば、と思ったのです。そこで私は、被災地、宮城県石巻市雄勝町にある「モリウミアス」について知ることになります。モリウミアスは、持続可能な生活と国内外のグループ交流という観点から、雄勝町のコミュニティ再生を目指す複合体験施設です。数カ月間、そこで生活し、新たな土地、海、人々と触れ合った経験は、とても美しいものでした。

 

―雄勝、モリウミアスを訪れて、どのような影響を受け、どのような作品を制作したのでしょうか?

私は、雄勝で制作した作品を「Lost Souls -失われた魂たち-」と名付けました。人生の儚さに心を打たれた私は、生と死のバランスと循環を見つめ直す作品を創りたかったのです。また、もうそこにはない村や町の地主神を祀った神社を被災地で数多く目にし、作品として祠を創るアイデアを得ました。祠は人生の普遍性を表し、版画、折り紙、絵の具など、様々な手法で描いた桜の花やホタルの絵で、死と死後の世界を表現しました。桜とホタルはどちらも、人の命の儚さを象徴し、桜の開花は冬の後の再生を意味します。ホタルは前世で親しかった人々の魂が自身と再開するためにホタルとなって訪れると聞きました。

窓はあの世とこの世をつなぎ、祠の中心からは、津波の瓦礫から拾ったウキや野球ボールが伸び、そこから、もつれ、擦り切れていても再生する桜の花を咲かせました。また、部屋に棚を設け、アクアマリン色の瓶と靴の中敷きを並べました。瓶はセレモニーでホタルを部屋に放つ際に使われたもので、水をはった瓶から水が蒸発するにつれて、魂が来世へと変換していく様子を表現しました。靴の中敷きは、雄勝の海岸の津波の瓦礫から拾ってきたものです。それらはホタルの命の長さと同じくらいの短さしか、この世界を歩くことができなかったものたちなのです。

日本と将来に向けて

桜やホタルを描くリード氏

――雄勝町のみならず、日本の様々な地域を訪れて作品制作を行ったと伺いました。何か日本で特別な思い出はありますか?

伊豆に訪れた際に行ったホタル祭りは特別でした。ホタルを見るために日本人の方々が浴衣を着て、暗い夜の森の中を小川沿いに歩く、その光景になんとも感動しました。日本の様々な場所を訪れましたが、人々が自然の美しさや、一瞬の季節の移り変わりに敬意を払う姿を数多く目にしました。大都会の東京であっても、友人や仲間と花見ができたのは、美しい経験ですね。

 

――また、日本に戻られて作品制作をする予定などはあるのでしょうか?また、今後のプランなどありますか?

ぜひ、日本にまた戻りたいと思っています。私自身、日本の深い部分や美しさの探索を始まったばかりだと思っています。まだまだ、様々な日本のアーティストやデザイナー、コミュニティと作品のために意見交換ができたら、と思っていますし、「Lost Souls -失われた魂たち-」を元に、2020年東京オリンピックのための作品を創れたら、なんてことも考えています。もし、記事を読まれている方で、芸術を通しての文化交流に関するプログラム等、知っている方がいれば、ぜひ私を日本に招待してください。

 

Brian Michael Reed

アメリカ合衆国ウェストバージニア州出身。コンセプチュアル、マルチメディア・アーティスト。イェール大学、ジェームズ・マディソン大学で学び、学士号も取得。その宗教学、神話学などへの多彩な知識が作品に影響していることも多い。ニューヨーク、ワシントンDC、中国、メキシコ、日本等、世界各地で活動し、個展が開かれている。

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