【Who is】阿部裕介/写真家 —ミレニアル世代のクリエイター達ー

 「世界で一番大切な人にあと何回会えるか、数えたことはありますか?」

パリコレのバックステージでキャリアをスタートさせ、NY、モロッコ、ネパール、パキスタンなど長年海外での活動を行っていた写真家の阿部裕介さん(29)。『madame FIGARO magazine』や『GINZA』、『an・an』など有名ファッション誌撮影を始め、著名人のポートレイトも数多く手がけてきた。今最も注目を浴びている若手写真家の一人である彼が、写真家として、人として、現在最も大切にしていることを伺った。

“パリコレの撮影をしたのも、デザイナーの方の「作品に込める想い」に強く心惹かれたからなんです”

写真家として阿部さんの最初のキャリアとなる、「2014aw_paris fashion week」バックステージにて

 

ファッション撮影を数多く経験してきた彼だが、彼が本当に得意とするものは、人がテーマになったドキュメンタリーだという。作品にはいつも“テーマ”があり、彼の主観が入っているから厳密にはドキュメンタリーではないが、それが見るものの想像力を掻き立て、様々な解釈を生み出すから不思議だ。「ファッション撮影も多く手がけてきましたが、パリコレの撮影が楽しかったのも、今思えばファッションが好きだからではなく、デザイナーの方の「作品に込める想い」に強く心惹かれたからだったんですよね」と語る。

−現在のご自身のスタイルに辿り着いた経緯を教えてください。

自分の中で大きな転機となったのは、2015年におきたネパールでの記録的な大地震でした。 当時沢山のネパール人の友人がいたので、僕が出来る限りの支援をしに行きました。その後また様子を見に訪れた際に、ネパールの「ニムディ村」という土地で「カラムリ」という少女強制奴隷制度があったという事実を知り、取材させてもらう事になったのです。それが大きな転機となりました。少女が奴隷として働かされてると聞いて、凄く不幸な村を取材するのかなと思って行ってみたら…想像とは真逆の、まるで世界で一番幸せな村かのように感じて。

ニムディ村の結婚式

 

—なぜ、そこが世界で一番幸せな村だと感じたのですか?

みんな笑っていて、日本みたいに忙しくないのです。余裕があるというか。その時自分の中で何かが大きく変化しました。自分が考えたり想像していることは、やはり実際行って見てみるまで全くわからないものなのだと。同時に、“こんな見た事もない文化の下で生活しながら、キラキラ笑っている人たちがいるんだ”ということに衝撃を受けたのです。その時、”これだ”と思いました。

−今まで探していたものが、やっと見つかったという感じでしょうか。

はい。それから、もっともっと知らない国に行き、実際に起きている出来事を知りたい、そして伝えたいと強く思うようになりました。自分の本当に撮りたいものが何なのか、その時気が付いたように感じます。その後、一番大切なことに気づかせてくれたニムディ村の少女たちを捉えた「ライ麦畑にかこまれて」という写真展を日本で開催しました。

“自分が興味を持ったことを、写真を通して1つ1つ解決する”

高知のよさこい踊りをとらえた写真集「ヨサリコイ」より

−写真家として使命のようなものを感じることはありますか?

「題材は正直何でもいい」ということに最近気づき始めました。被写体や場所は正直なんでもいいし、どこでもいい。パキスタンであろうとネパールであろうと。身近だけど知らないことって沢山ありますよね。特に日本のこと。先日高知に行った時、「よさこい踊り」の美しさに圧倒されて、「あ!やっぱり自分が知らないことって、まだまだ近くにたくさんあるな」と気付かされました。知らないことがありすぎて、そういう自分が興味をもったものを、一個一個クリアにして、写真を通して解決するんです。それをフレームの中に収めて目に見える形にすることで、誰かに知ってもらうきっかけを作る。それが写真家としての自分の使命かなと思っています。

−令和になりましたが、今後時代はどう変わると思いますか?

実は、平成から令和になる瞬間に渋谷で撮影をしたんですよ。平成と令和でどう変わるのか、歴史的な瞬間をこの目で見ようと思って。それで写真集を作ろうと思って。

—何が撮れたのですか?

凄く楽しみにして、準備して行ったんですけど…、結果、何にも撮れなかったんです。平成から令和になっても、人の生活って何も変わらないということがわかりました。それが僕の中の答えです。何を撮ったら、時代が切り取れるんだろうとか色々考えたけど、時間が23時59分から0時になったところで、なんにも変わらなくて。フィルム2本しかとれなかったです。何も撮れなすぎて、途中で帰りました(笑)。

−時代の変化をカメラで撮影することは難しかったのですね。

だけど、よく考えたら平成なんて30年間あったわけじゃないですか。僕が今まで撮影した写真は全部平成なんですよね。そしてこれから撮る写真は全部令和なんです。だから、これから作っていけばいいかなって。

“例えば「自分の親」に、あと何回会えるか数えたことはありますか?”

東日本大震災のその後をとらえた写真展「ひがしのそら」より

 

—そんな阿部さんが今、最も気になる“キーワード”とはなんですか?

キーワードというか、今一番自分が大切だと感じることは、“自分にとって本当に大切なことを、明確にすること”ですね。

−自分にとって“本当に大切なこと”?

はい。例えばあと何回、自分の親に会えるか数えたことはありますか? 自分が今30歳で、親が例えば60歳だとします。そしたらあとだいたい30年だとして、年に1度実家に帰るとしたら単純にあと30回しか会えないんですよ。これって考えればわかるけど、意外と気付く人が少ない。

—自分に最も愛を与えてくれた大切な人ほど、身近すぎて会っていなかったりする…。

そうなんです。だから大切なのは“身近なところに気づく”ということ。華やかそうだから、楽しそうだから、とか表面的な事ではなく、自分が本当にやりたいこと、大切にしたいものが何かを見極めることが大事だと思います。

”未だに飛行機に乗るたびにワクワクするんですよ。「こんなにどこまでいっても、隅々まで人が生活してるんだ」って”

「とある家族」

 

– 自分の中で普遍的なテーマはありますか?

世界のこと。世界に住んでる人々が、僕にとってずっと自分の中のテーマです。 未だに飛行機に乗るたびにワクワクするんですよ。“こんなにどこまでいっても、隅々まで人が生活してるんだ”って。NYに行ったら街があるし、ネパールに行ったら村がある。同じ人なのに、全く違う環境で生活していて、話す言葉も考え方も、生き方そのものがまるで違う。勝手に抱いていたイメージも、実際行ってみるとまるで違ったりする。例えばニムディ村もそうだし、パキスタンもそうでした。パキスタンも行く前は怖いイメージが強かったのに、行ってみたら本当に良い国だった。 色んな国に行っても、行くたびにまだまだ自分の知らない事がありすぎるなと気付かされるので、今後も世界の人々の事について考えて、追っていきたいです。

ニムディ村のライ麦畑

“僕は、目の前に広がるライ麦畑を見つめながら、この先何年も変わることはないであろうこの風景と、変わっていく彼らのこの先の人生に少しでも寄り添えたらと思いを馳せています。また次の年も彼らに会いに行くことでしょう。”

—『TRANSIT(トランジット)43号』「ライ麦畑にかこまれて」(阿部裕介・文)より−

写真提供=阿部裕介

取材/文=阿部万里英

<Interview Profile>

阿部裕介(29)

1989年東京生まれ。写真家。青山学院大学経営学部修了。大学在学中より、アジア、ヨーロッパを旅する。在学中、旅で得た情報を頼りに、ネパール大地震による被災地支援(15年)や、女性強制労働問題「ライ麦畑に囲まれて」や、パキスタンの辺境に住む人々の普遍的な生活「清く美しく、そして強く」を対象に撮影している。日本での活動としては家族写真のシリーズ「ある家族」がある。YARD所属。