【21Questions】「概念やジャンルに囚われず、曲を作れている」Rude-αに聞いた21の質問

今回は、常にアーティストとしての極限を超え続けるRude-αさんへの21の質問を紹介。
「目標は”武道館”、夢は”人の夢”になること」自分の過去も未来も全てをさらけ出し、人々と共にストーリーを作り上げる、音楽界の新生が放つ言葉は熱い闘志で溢れていた。これまでの概念や批判も受け止め、全てのリスナーの心へと吸収される”音楽"へ昇華していく彼。その可能性は、我々が予測することの出来ない未来へ広がっている。周囲からの知名度と期待も高まる中、彼が音楽と真摯に向き合い、疾走を続ける理由とは?是非、Rude-αのこれまでのストーリーと未来を、この「21Questions」と共に繋ぎ合わせて欲しい。
先日リリースされ、すでに大きな話題を集めている『It’s only love』への想いも要チェック!

Q1:幼少期はどの様な子供でしたか?

なんかもう、変な子でした。これすごい周りで有名な話なんですけど、幼稚園の入学式の自己紹介で「僕のお母さんは今日のためにダイエットしたんですけど、失敗しました」ってみんなの前で言ったんです(笑)。いまだに友達のお母さんとかに、「あんたあの時の挨拶はすごかったよ」って言われますね(笑)。

Q2:その当時から、オープンに物事を発言されていたのですか?

と言うより、目立ちたがり屋だったんです。その頃はクレヨンしんちゃんとかバカ殿様とかばっかり観てたんですよ。その影響が強かったんだと思います。こうしたら注目されるんだって学んでました(笑)

Q3:Rude-αさんの中では、ずっと自分が変だと認識していたのでしょうか?

周りから言われて気づきましたね。まあ周りも変な子が多かったので気づかなかったのかもしれないです(笑)

Q4:幼少期はバスケやダンスをされていたと、沖縄ならではのストリートカルチャーはありますか?

そうですね、あると思います。僕は沖縄のコザっていう町で育ったんですけど、よく米軍基地の近くでバスケして遊んでました。アメリカならではのダンスや音楽も身近にあって、街を歩いてたら音や動きだったり、そういうカルチャーが常にあったんです。バスケやってた時はコートを作るために、自転車のタイヤのゴムをハンガーで電柱にぐるぐる巻きにしてました。

Q5:本物のストリートですね、、、人と人との距離も近そうですよね。

そうですね。この前沖縄帰ったんですけど、全然知らないおじちゃんが朝の5時くらいに道で酔っ払ってて「おじさん酔っ払ってて危ないから、帰ったほうがいいよって」そば食べながら声かけました(笑)そう言うのがしょっちゅうあります(笑)

Q6:結局おじさんは大丈夫だったのでしょうか?

「大丈夫だよって」言ってたのに、その2秒後にこけて、頭から血出してしまって。そのおじちゃん頭抑えて消えてったんですけど。あの人が1人暮らしで、家帰って孤独死したらどうしようと思って、一応警察に電話しました。「頭から血流してるおじちゃんいると思うんで、保護してください」って。

Q7:東京とは違った温もりを感じるカオスがありますね。

そうですね、でもそういう出来事も、何度も遭遇した外国の人達の乱闘とかも、全部笑い話にできるので。
今でこそ東京って外国の方も多いじゃないですか。多分最近からですよね?僕たちは、ずっとそれが普通だったんです。老若男女国籍問わずストリートに人が入り混じっていました。だからこそ、東京では無いカオスが沢山ありますよね。僕もやんちゃだったので、嫌いな先輩の携帯を米軍基地に投げて困らせたりもしました(笑)。

Q8:出てくるエピソードが映画や漫画のワンシーンみたいです(笑)。因みにその携帯は?

携帯は最終的に基地の中に住んでる人とかを大声で呼んで、基地の外に投げてもらうんです(笑)。先輩は携帯があるんで、僕たちを追いかけられないんです。それでうまく先輩から逃げてました(笑)

Q9:上京して感じたことはありますか?

そうですね、僕ら小さい島で生まれ、飛行機がないとどこも行かなかったわけで、新幹線も乗ったことなかったし電車も無い。なので東京は今でも外国の様な感覚です。
後は、満員電車を見るたびに、そこに乗らなくていいようにビックになろうって思います。満員電車がそれくらいカルチャーショックだったんです。

Q10:Rude-αさんは、人の弱みだったり中傷も全て受け止めてポジティブに転換している印象があります。そういう包容力だったり、寛大さは芯があるからだからこそできることだと思うのですが、その原点となるものはあるのでしょうか?

もともとはやんちゃで喧嘩もしてたし、自分の感情で怒ったり人を傷つけたり、そういう十代でした。東京に出て、おじいちゃんが亡くなって、結局人って優しさだなって思う様になったんです。そこから人を受け入れるキャパが広がって行ったんだと思います。

Rude-αを5年間やって、高校生ラップ選手権にも色んなメディアにも出て、やっぱり色々と言われることもあるんですよね。高校生の僕にとってそれは凄くムカつくものだったんですけど、だんだん可愛く思えて来て。そういった意見は自分のメンタルを鍛えてくれる栄養みたいなものだなと今は思えています。プロテインですね。高校生ラップ選手権に出て、人の注目を浴びて、1回叩かれたのも大きかったのかなと思います。

Q11:注目される場面が多い分、同世代に比べて心の成長スピードが早いと感じますか?

僕は自分自身が大人だとか思いたくないんです。人より上だなと見下してる大人が一番嫌いだったので、自分もそうなりたくないという一心で、10代からこの20代になっていると思います。良いことだけじゃなく、悪い苦しいことも経験することがヒーローの宿命なんじゃないかなって思っているので。大抵のことは自分が大きい舞台に立つための、意味のあることなんだと思えますね。

おじいちゃんに見せたい景色もあったんですけど、もう誰も失わない内に、早くみんなにいい景色を見せたいです。なので周りがどうっていうより、自分がどう行くか。覚悟を持ってこういう風に選ばれてしまった以上は、本気でやって行かないといけないなと。

Q12:Rude-αさんにとって、おじいさんがキーパーソンだったのかなと感じます。いかがでしょうか?

そうですね。おじいちゃんは凄く極端な人で、周りを巻き込む力がすごかったんです。騙されてお金取られちゃうとか、「俺明日から中国行くから」って急に言い出したりとか(笑) でもやっぱりみんなに愛されて、頼られてた人だったんです。

自分もおじいちゃんの言動に力を貰う事が今でもありますね。おじいちゃんはいつも僕に「お前は孫の中で一番頑張っているから」「尊敬している」って言ってくれてて、そこも励みになりましたね。

Q13:おじいさんとの印象に残っている出来事などありますか?

あります!僕とおじいちゃんの面白いエピソードあって、小さい頃おじいちゃん僕のこと、「こうき」って呼んでたんですよ。僕はようへいなんですけど(笑) なんでだろうなってずっと思ってて。それから、17才の頃母親に「実はおじいちゃんにはあと一個家庭があるんだよね」って話されて。僕の家系は愛人側だったんです(笑)
それで20歳になっておじいちゃんが亡くなって、葬儀場で向こうの家族の同世代くらいの子から「僕、彼女とルードさん見に言ったんですよ、だからこういう形で血が繋がっててびっくりしてます。僕こうきって言いますよろしくお願いします!」って声かけられたんです(笑) そこで僕初めてこうきにあったんですよ。「お前がこうきか!!」って(笑)

Q14:一見ナーバスに見えそうな話も、笑って面白く話せるのがすごいです!

おじいちゃんやおばあちゃん、そういう面白い人が身近にいたからこそ、僕も面白く変えていこうって思えます。僕ら家族は、そういった出来事をユニークに捉えていますね。人によってはネガティブに捉えられるかも知れないけど、人生で起こることをポジティブに変えて行ってるんです。全てが面白いですよね。

Q15:Rude-αさんはジャンルに囚われず、聴く人を広げて行く”音楽”を創られていますよね。Rude-αさんならではの強みは何でしょうか?

ジャンルにとらわれないっていうのは確かに強みですね。自分が戦うフィールドはTWICEさんや、あいみょんさん達がいる場所だと思ってるので、そこからジャンルに柔軟になれたのかなと思います。そういう意味でJ-POPに畑を移しました。

でも、ラップもロックもブラックミュージックも作っているし、その枠にいながらいろんなことを表現できているのかなと思います。J-POPにもいろんな人がいて、言ったら無宗教の様なもの。ジャンルに囚われないジャンルがJ-POPだと思ってるので、概念やジャンルに囚われずに曲を作れているのが自分の強みだと思います。

Q16:今後音楽で表現して行きたいことは何ですか?

今の自分は、何かあれば過去を思い出したり、おじいちゃんの言葉に助けられたりしている部分があります。まだ俺はおじいちゃんの言葉でやっている部分があるから、まだこの人に頼り切っているなと感じるんです。なので武道館に立つ時までには、おじいちゃんと母親に向けての歌も作りたいです。恩を返したい。

後は、自分という人間の意志を表現したいです。今は戦争や政治に触れることはしていないですけど、いつか僕たちが声を上げないといけないタイミングが来ると思っています。自分が声を上げれるツールは絶対音楽なので、もっと意志の強い表現の仕方もできたらいいなと思います。現時点ではまだまだガキなんで、そういう話はできないんですけど、もっと色々勉強して経験して、形にしていきたいです。

Q17:7月にリリースされたシングル『LIFE』がアニメ「Dr. STONE」の主題歌となりましたが、テレビで自分の歌が流れることに対してどう感じましたか?

「Dr. STONE」はもともと読んでた漫画だったので凄く驚きましたね。自分の音楽の上で、自分が今まで見て来たいろんなキャラクター達が動いてて、それを見た瞬間感動して鳥肌が立ちました。こういうことって人生で起きるんだなって。自分でもラッキーボーイだなって思うんですけど(笑) 。テレビを見た母親や友達から連絡も来ましたし、すごく感慨深いものがありました。

Q18:『LIFE』のYouTubeのコメント欄も英語が多いですよね、海外からの反響に対してはどう思いますか?

「Dr. STONE」は海外の人も観ているアニメなので、そこから多くの人が自分の歌を聴いてくれて嬉しいです。他にもYouTubeを見たら、海外の人がスペイン語や英語で歌をカバーしてくれていたんです。そういうのを見ると嬉しいと同時に少年の頃の自分に対して、「お前こういう奴になってるよ」って見せてあげたくなります。自分の曲が色んな場所で流れるのも、自分がテレビに映る姿も見せてあげたいです。

Q19:先日発表された『It’s only love』の反響もかなり大きいですが、この歌に込めた想いを教えてください。

この曲は、この夏感じたことを僕なりに歌にしたものです。今年の夏は個人的にも自分の中に今まで無かった感情が芽生えた、この先何度も思い出してしまう様な夏だったので。でもそれは自分目線から書いたわけではなくて、「オオカミちゃんには騙されない」で共演している他のメンバーからの視点も書いているんです。
テーマとしては、惹かれあってるんだけど目の前に壁があって、結ばれない男女の運命を書いた曲。ロミオとジュリエットのような恋をしている人に聞いてほしいなって。そういう人が本当にいるか分からないですけど(笑)

Q20:『It’s only love』を制作するにあたって意識したポイントは何でしょうか?

やっぱり、「日曜の夜が終わる前に」とか「君だったら もう騙されたっていいよ」とかそういう言葉も入れつつ、みんなの気持ちを織り交ぜている所ですかね。でも、自分が好意を寄せた相手には伝わる様な言葉も入れたりしてるんですけど。
ここまでストレートにラブソングを書いたのは初めてで、失恋の歌とかはあっても、惹かれあっても結ばれないっていうのは初めてだったので。そういうのをストレートに表現したのもポイントです。ラテンっぽい曲調も初めての試みなので、そこも今までの曲と違うポイントかなと思います。

Q21:最後に、読者の皆さんへメッセージをお願いします!

僕は、暗い部屋で泣いてる様な人達を元気付け、何か少しでも勇気を持てるきっかけになりたいって思って活動しています。
自分の夢と目標を別々に抱いていて、目標は”武道館”、夢は”人の夢”になることなんです。応援してくれてる人も地元の家族や仲間も、年上の人も年下の人も、そういった様々な人たちの思いや夢を武道館で1つにするので、ハンカチを用意して待っててください!

Rude-α(ルードアルファ)

1997年2月8日生まれ。22歳。沖縄県沖縄市出身。沖縄市の多様な人種、多様な音楽の中で育つ。高校1年生の時からストリートダンスを始め、各種ダンスバトルやイべントに出演。高校2年生の時にはじめたラップをきっかけに音楽活動をスタート。翌年、第6回全国高校生ラップ選手権に出場し準優勝。2015年6月、1st EP「098 ORCHESTRA」リリース。沖縄限定発売ながら2000枚完売、同EP収録曲「co co ga okinawa」MVは、200万再生を超える。
2016年4月から東京に拠点を移動。同年9月、DALLJUB STEP CLUBのドラマーGOTOと、ドラムとラップだけの新曲「19」を発表。2017年からはバンド編成でのライブ活動をスタート。自主企画ライブイベント”TEEDA”を立ち上げ、DATS、Lucky Tapes、SUSHIBOYS、ゆるふわギャング、Michael Kaneko、踊Foot Worksなど幅広いジャンルのアーティストと共演。2018年2月、東京上京後初の新作EP “20”をリリースし、iTunesヒップホップアルバムチャートで初登場1位を獲得。3月にはアメリカ・オースティンで行われている音楽フェスSXSW(サウス・バイ・サウス・ウエスト)、そして全米7都市を廻る「Japan Nite US tour 2018」に参加し、初の海外ライブを敢行した。
2019年5月、メジャーデビューEP「22」(Nijyuni)をリリース。「22」収録の先行配信シングル『wonder』が、ストリーミング延べ130万回、MV視聴回数の場150万回を突破。7月31日(水)には1stシングル「LIFE」(TVアニメ「Dr.STONE」エンディングテーマ)をリリース。2019年9月23日(月)には早くもデジタルシングル「It’s only love」をリリース。
メジャーデビューを記念し、7月中旬に東京・渋谷クアトロ、大阪・梅田シャングリラで開催した自身最大規模のワンマンライブは、両公演ともチケットソールドアウトとなった。