F-MAGZINEはサイトを引っ越しました。
記事はリニューアルした新しいサイトで読むことができます!

新しいサイトはこちら

「破壊的なものを柔らかく表現したい」新進気鋭の若手ニットデザイナー、飯野麟太郎の真髄に迫る

by

今回は若手注目デザイナーの飯野麟太郎さんをご紹介。

ファッションの名門セントラルセントマーチンズで学んだ彼は、イギリス最大の百貨店ハロッズとセントマーチンズのコラボレーションプロジェクトで見事グランプリを受賞。若干23歳、デザイナーとして更に目覚ましい活躍が期待される飯野さんのデザイナーとしての原点、服作りに対する思いを聞いた。

 

ー見事グランプリを受賞したハロッズとのタイアップ作品ですが、全身にリボンがあしらわれたドレスが本当に魅力的です。まずはこの作品の制作秘話などについて聞かせてください。

 

Photo: Maharu Ohta

 

もともとは、ドアマンをコンセプトにして作品をつくってほしいという依頼でした。そこでいろいろと考えていたのですが、僕のイメージのなかで、ドアマンはよくお客さんの買った洋服や靴の箱を抱えているなと。じゃあ、その綺麗にリボンで装飾された箱を着てしまえば面白いんではないかと思ってこの作品が生まれました。

 

飯野さんご自身がディレクションしたムービー。アジアの富裕層と、デパートのスタッフを描いているという。

 

ーちなみに、ドアマンは普通男性だと思うのですが、この作品では女性が洋服を着用していますよね?

もともと自分がつくる服はメンズのものが多かったんです。でも、やったことがないものにも挑戦したくて、ウィメンズにしました。今までは、どうしても自分のやりたいことを優先してやっていたのですが、それだけではよくないと思ったので。

 

ファッションはアートであり、アートではない

 

ー作品を作るうえで、やはりそういったやりたいことと求められていることのジレンマみたいなものがあるんですか?

そうですね……。自分のやりたいことと求められていることの折衷案で作品をつくっていくことがデザイナーとして重要になってくると思うのですが、その線引きがとても難しいです。ハロッズの作品を制作していたときは、作品を商品として売るということは考えていなかったのですが、これからはもう少しそういうことも考えていかないといけないなと。ファッションはアートのようで完全にアートではなく、ビジネス的な側面もきちんとあるものだと思っています。これから制作を続ける中でもっと深く考えていければと思うのですが……。

 

ー現在の創作活動では、いわゆる“着てもらうための服”というのも考えているのですか?

ちょうど9月に新作が完成したのですが、これは着てもらえたらいいなと思ってつくりました。

Photo: Kae Homma  Model: Kishiro Ohno

 

Photo: Kae Homma  Model: Kishiro Ohno

 

ーこちらも、またハロッズの作品とは違ったミステリアスな魅力がありますね。作品のポイントはありますか?

メンズ用に作れば女性の方にも着てもらえるので、つくるのは大抵メンズものなんです。今回の作品では祖父母をテーマにしました。自分の幼少期の記憶と祖母が編んでくれたもの、祖父が入院していた時のことなどをベースにしています。スタイリングも自分の作品以外は全て祖父の着ていた服を使っています。

なんとなく観た人が違和感を覚えるような作品になればいいなと思ってつくりました。これからもこのシリーズは続けようと思っていて、また新しく追加していく予定です。

 

飯野さんが表現する、柔らかな気持ち悪さとは

 

 

ー飯野さんの思う作品を表現するうえでのこだわりを教えてください。

破壊的なものが好きで、おそらく破壊願望のようなものが自分のなかにあるんだと思います。じゃないとこうなっていない気がして。ただ、それをあまりごつごつしたもので表現したくなかったんです。違和感や気持ち悪さを柔らかく表現したいというのが自分の目指しているところです。そういう自分の求めているものを表現できる手段が、自分にとってはニットだと思っているので、今後もニットウェアデザインを積極的にやっていきたいです。

 

ーちなみに……例えば、作品を観た人に「気持ち悪い」と言われたら?

嬉しいですよ(笑)。この作品、大嫌いなんて言われたとしても嬉しいです。つまらないとか、そもそも観てくれないとか、無関心が一番辛いので。大嫌いや気持ち悪いは関心の証拠だととらえています。

 

デザイナーのめざしたきっかけは叔母だった

 

ーそもそも、デザイナーを目指したきっかけはなんだったのでしょう。

もともと僕はファッションの分野にいませんでした。大学も普通の四大を出ましたし、ずっと体育会系でバスケをしていました。ただ、叔母がテキスタイルのデザインをしていたので、幼少期からずっとファッションには興味があったんです。就職活動の段階になって、自分はなにをしたいのか考えました。そして、どうせ仕事にするなら、死ぬまで働ける業界がいいなと思い、昔から惹かれていたファッションの道を志すようになりました。

 

ーそして、セントマーチンズへ?

いいえ、はじめにここのがっこうというところで、デザイナーの山縣良和さんにファッションについて学ばせていただきました。学んでいるうちに気が付いたのは、ファッションは学問としても成立しているということでした。山縣さんの教えに感銘を受け、彼の通っていたセントマーチンズへ入学することを決意しました。僕はその時既に大学を卒業していて学士持っていたので、ファウンデーションコースで学びました。そして今年の6月に帰国し、これからはブランドで働くか、自分の作品を作り続けていくか考えている段階です。

 

ーお話ししていて、飯野さんは私生活の見えない謎めいた人だなと思ったのですが。普段はなにをして過ごしているんですか

手編みをしていますね。夜中に部屋を真っ暗にして手編みをするのが特に好きです。手元は見にくいですが、好きな曲を流しながら淡々と編んでいると、無心になれるんです。そのせいで生活が昼夜逆転しがちですが。もっと言えば、夢の中でも編んでいたことがあり、まだ編むのかって呆れてしまいました。

 

ー想像以上にストイックですね……!

 

これからのこと

 

ーデザイナーとして、これからどのように生きていきたいですか?

ひーひー言いながら、苦しみつつ作品を作り続けていけたらなと思っています。固執するのは良くないと思うのですが、それでもニットウェアのデザインは続けていきたいですね。編み物は本当に好きなので。そして、自分が作った服を着てもらい、更に面白いと言ってもらえたらとても良いですね。服は、やはり着てもらえて完成だと思うので。

 

 

唯一無二の独特で繊細な感性を持つ、若手デザイナーの飯野さん。彼のこれからは、デザイン会社で働くか、自分の創作活動を発展させていくか、まだ模索中だという。何にせよ、飯野さんのつくりだす柔らかくも破壊的な世界は、多くの人を虜にしていくことでしょう。

 

 

飯野麟太郎(いいの・りんたろう)

1994年生まれ。大学卒業後、デザイナー山縣良和が設立したここのがっこうで学んだのち、ファッションの名門校セントラルセントマーチンズへ。ハロッズとのプロジェクトでグランプリを受賞するなど優秀な成績を残し、今年の6月に帰国。現在は日本でデザイナー活動をしている。

 

HP:https://rintaroiino6.wixsite.com/portfolio

Instagram:https://www.instagram.com/rintaro_iino/