プラスチックトーキョー『今崎契助』の内に秘めた闘志 -最終話- / 5W1HF

連載企画「5W1HF」

既存の常識に囚われず、独自の視点と感性で常に新しいものを作り続け、世界で活躍するクリエイターの深部に迫るこの企画。

第2回目となる今回は、現在33歳でPLASTICTOKYO(プラスチックトーキョー)デザイナーである今崎契助氏に話を伺った。

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第2話の記事はこちら
 

PLASTICTOKYO(プラスチックトーキョー)
2013年春夏より本格的にブランド活動を開始。様々な物事がノールール、ノーコンセプトにレイヤー化され混在する現代の東京を強く意識した東京ブランド。あらゆる物質や情報がデータ化される中、衣服の物質性にフォーカスし視覚に訴えかける最先端のデザインを世界に発信する。2016年春夏より東京コレクションに参加し、同年に第10回『DHL デザイナーアワード』、毎日ファッション大賞の『新人賞・資生堂奨励賞』を受賞。http://plastictokyo.jp

 

自分が作ることに意味がある服を作り続けたい

服作りで大切にしていることは「等身大・共感・時代性」の3つですね。

例えば、僕が16世紀のドレスを作っても等身大ではないし共感もされないし、そこに時代性も感じないと思うんですね。なので、僕が作っている意味がないんですよ。

自分が作っている意味がある服というのを大事にしているので、この3つは常に意識しています。
 
『PLASTICTOKYO』をモードなブランドにするには、世相を意識して服に時代性を入れることが大事だと思っていますし、ただトレンドに乗っかるのではなく自分の身から出た等身大の服の方が共感してもらえると思っています。

もちろん孤高のブランドもカッコいいんですけど、今のこういう世相だからこそこの服を作るっていうことを意識しないとモードではないのかなとも思うので。
 
なので、パリで同時多発テロがあった時期の2016年秋冬コレクションでは、渋谷スクランブル交差点をテーマに真っ赤な照明で信号の赤をイメージさせつつも実はテロによる血の赤を表現しました。

そして、2017年春夏コレクションでは、オリンピックイヤーと東京オリンピックに向けて、グローバルな人達が行き来する「immigration(入国審査)」というテーマで発表しました。
 

予想外の反響も、まだ100点満点は作れていない

東京コレクションに参加して3シーズンで、「DHL デザイナーアワード」と毎日ファッション大賞の「新人賞・資生堂奨励賞」という名誉ある賞を立て続けに受賞して、ブランドが予想以上に早く認知されてもちろん嬉しい気持ちはあります。

ですが、自分は慎重派なので「もうちょっとじっくりいかないとな」っていう想いも正直ありますね。
 
それに、自分の中ではまだ100点満点のものは作れていないです。

でも、それは100点を急に出してしまったら意味が無いと思っていて、60点、70点、80点……と徐々に良くなっていけば、見てくれている方もこのブランドどんどん良くなるんじゃないかって思ってもらえるかなと思っています。

なので、これからもステップ・バイ・ステップの意識でやっていきたいです。
 
市場って湧いてくるものではなくて、既存の競合ブランドから予算を取る作業でもあるし、ジャーナリズムがブランドイメージを左右したりもするので、そういった面でもどうしたらより支持してもらえるかを研究しないといけないなとも思っています。
 
これは僕の考えですけど、服を作ったら何も考えずに「はい、買って下さい」ではおこがましいですよね。
 

今崎契助が見据える未来

今後は、本格的にレディースラインを立ち上げたいなと思っています。

今までは基本メンズという位置づけで、オーバーサイズとかでレディースの方が買ってくれたりしてたので、ユニセックスっていう魅せ方にはしていたんですけど、明確なレディースラインを作ってメンズは更にメンズに特化したような服が作れたらなって思っています。
 
それに、業界内には偉大な先輩方がたくさんいるので、自分の中ではまだまだ若手という意識でいます。

そういった先輩方の足跡があるので、これから自分がどういう位置づけの場所に行くかを考える上で「こんなステップアップの仕方もあるのか」って考えられるとても良い見本でもありますね。

でも、その道をただなぞっていくとフレッシュさが全く無くなってしまうので、新たな売れ方や価値の付け方を模索しながら、ブランドとしてどういったステップアップをしていくのが良いのかを考えていきたいし、今もそれを考えて次の一歩を踏んだりしています。
 
僕は、ブランドを始めた時からモードへの憧れや海外へ行きたいという想いがありましたし、だからこそ『PLASTICTOKYO』という名前にもしました。

なので、これからもブランド認知を広めていき、誰が見ても東京を代表するブランドになってから世界へ行きたいですね。
 
テクノロジーが出始めている現代ですが、だからこそ洋服に価値を付けて自分の作った服によって東京のストリートの景色が変わるような服が作れたらなと思います。
 

洋服は、いつまでも残るものであってほしいですね。