フランス屈指のファッションデザイナー、Yves Saint Laurent(イブ・サンローラン)の人生と作品を称えた美術館がもうすぐパリにオープンする。

開館式には政治家や女優、デザイナーなど、パリ屈指の著名人たちが参加予定だ。

しかし、この美術館完成を最も夢見ていた人物は、先日の9月8日、86歳でこの世をさった、イブ・サンローラン唯一無二のパートナーであったPierre Bergé(ピエール・ベルジェ)だ。

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ベルジュ人生最後のプロジェクトが、このMusée Yves Saint Laurent Paris(ミュゼ イヴ・サンローラン・パリス)開設だったのだ。

10月19日にはモロッコのマラケシュにMusée Yves Saint Laurent Marrakesh(ミュゼ イヴ・サンローラン・モロッコ)もオープン予定だ。

美術館開設までの道のり

美術館開設のアイデアは1999年、ベルジェとサンローランが既製服ラインRive Gauche(リヴゴーシュ)をGucci Group(グッチ・グループ)に売却した後に生まれた。

この億単位の取引によって、ベルジェとサンローランはオートクチュール部門と、1974年以来賃貸していた本部の管理権を得た。

2002年サンローランの退職に伴い、彼らはその建物を買い、Pierre Bergé-Yves Saint Laurent Foundation(ピエールベルジェ‐イブサンローランファウンデーション)へと改装した。

1階には広大なギャラリー、2階にはサンローランとベルジェのオフィス、そして3・4階にはサンローランの膨大なアーカイブが貯蔵された。

ギャラリーは2004年に一般公開され、サンローランデザインや彼が愛した芸術や文学など毎年3~4回のペースで展示会が行われていた。

2008年71歳でサンローランが亡くなった後、ベルジュは思った。

今までで一番ポピュラーだったのはサンローランの服をフィーチャーしたショーだったと。

ベルジュの公私にわたるパートナーだった Madison Cox(マディソン・コックス)は2年前にこう語っている。

「一時的なギャラリースペースではなく、サンローランの作品を半永久的に展示できるものに変えよう、というアイデアがこの時動き出しました。今でもサンローランの作品に興味を持つ人はたくさんいます。彼と同時代に生きていた人たちはもちろん、そのブランドしか知らない若者たちも」

ベルジュは古い友人でありインテリアデザイナーであるJacques Grange(ジャックス・グレンジ)にファウンデーション改装を頼んだ。

「美術館を手掛けられるのは君しかいない。君はイブ・サンローラン専属のデコレーターなんだ。疑問の余地はない」というベルジュの言葉をグレンジは今でも覚えている。

そして、できあがった美術館

玄関と隣接する円形部屋がツアーのスタート地点で、サンローラン氏の白黒画や映像が並ぶ。

https://www.nytimes.com/2017/09/27/fashion/yves-saint-laurent-museum-paris-marrakesh.html
前レセプションルームは展示デザイナーであるNathalie Crinière(ナタリー・クリニエール)の協力もえて、新ギャラリーへと改装した。

メインギャラリーは1962年サンローランデビュー以来のコレクションをフィーチャー。

もう1階登った別のギャラリーはテーマ別展示となっている。

そして、ツアーはサンローランのスタジオを通って終わりという形をとる。

彼の机は、師匠と慕っていたChristian Dior(クリスチャン・ディオール)のステッキなど、貴重な品々で埋め尽くされている。

http://www.denverpost.com/2012/03/22/in-denver-understanding-the-two-sides-of-yves-saint-laurent-2/

「ベルジュが美術館完成を目にすることができなかったことを残念がる人もいる」とコックス氏。

「しかし、彼はこの美術館に関する決定全てに関わっていた。最初からね。どのような形になるか彼は熟知していた。そして実際、彼が望んだ通りの素晴らしい美術館となったんだ」と続けて語った。

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