アメリカの「メディア王」と呼ばれる、サミュエル・ニューハウス・ジュニア氏が長い闘病の末、10月1日に89歳で死去した。

サミュエル氏といえば、『ヴォーグ』『ニューヨーカー』『バニティ・フェア』などを手がけるアメリカ大手出版社のコンデナスト社名誉会長。

また、弟と一緒にオーナーとして所有していたアドバンスパブリケーションズ社は全米26の新聞社を傘下におく巨大企業である。

まさに「メディア王」の称号にふさわしい人物であった。

メディア王である彼の業績と出版業にかける熱意と信念は、今なお多くの人々の心に生きている。

 

アナ・ウィンターからの言葉

この訃報を受けて、アメリカ版『ヴォーグ』編集長のアナ・ウインター氏は、次のように追悼の言葉を述べている。

「彼は最も偉大なリーダーだった。彼が私を信頼してくれたからこそ、私も彼を信頼し、彼の言うことに疑問を持たずについていけた。彼はデータや統計にとらわれず、直感を信じる方で、編集者にも同じことを期待した。リスクをとることを推奨し、激励をしてくれた。この派手なニューヨークメディアの世界でも、謙虚で思慮深くそしてとても変わっていて、寛大な性格の彼は家族や友人、芸術や映画そして彼の犬をこよなく愛していた」

また、大手メディア企業アドバンスパブリケーションズ会長であり、弟のスティブン・ニューハウス氏は次のように語る。

「彼はジャーナリズムに非常に熱意を持っており、記者や編集者を支援したがった。メディアで素晴らしいもの、素晴らしい逸話・デザイン・雑誌・ウエブサイトを追求した。1975年にコンデナストの社長になって以来、彼は『バニディ・フェア』や『ニューヨーカー』などの再生を図り、1992年の頃には驚くほどのスタッフを抱える会社に成長させた偉大な人だ」

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成功の秘訣は「編集者ではないから」

1989年のニューヨークタイムズのインタビューで彼は、成功の秘訣は「自分が編集者ではないから」と語る。

「どうしたらいいかと意見を聞かれることがあるが、そう言う時は、どちらの方法を取っても編集者が一生懸命舵を取って雑誌を作っていけば絶対おかしなことにはならないと思う」

彼の作り上げたコンデナスト社の事業は雑誌も含め、アメリカのファッションや文学そしてデザインに偉大な功績をもたらしたが、彼自身は特段そのスタイルにこだわりはなかった。

ニューハウス氏の側近者は「彼は、彼自身が手がけるの雑誌とは全く違う雰囲気の人だった。背が低く、印象が薄く、カーキ色の服と使い古したローファーでオフィスへ通っていた。魅力的な格好とは言い難かった」と言う。

「彼はありのまま自分自身でいることに非常に満足していた」と、彼の友人は語っている。