「ラグジュアリーブランドのトップに就くのは誰か?」業界人は常に話題に尽きることはない。

先日、約17年間バーバリーを率いたクリストファー・ベイリーが退任したことが大きな話題となり、その後任となるのは一体だれなのか、業界では様々な憶測が飛び交っていた。

業界内では、キム・ジョーンズかフィービー・ファイロではないのか?との噂が濃厚であったが、明らかになったのは、元ジバンシィのクリエイティブディレクターのリカルド・ティッシだ。

「私はバーバリーの英国の遺産と世界的な魅力を大いに尊敬していますし、この例外的なブランドの秘めた可能性がとても楽しみです」と語った彼は、ロンドンに移った。

彼のジバンシィでの功績は、誰もが認めるだけあってこれからの新生バーバリーにも期待がかかっている。

リカルド・ティッシはどのような遍歴を経て、今のポジションを築き上げたのだろうか。

彼の生い立ちからデザイナーとしての経歴まで、徹底的に見ておこう。

生い立ち

190cmもの長身が特徴のティッシ。常にナイキエアフォース1を身に着けており、彼のワードローブには200足ほどあるという。

趣味は人間観察。過去のインタビューでも「私は子供の頃、南イタリアの祖母の家の外に座って、歩く人々を見ることが好きだった。それは私が愛するゲームのようでした」と答えており、子供の頃からその趣味は変わっていないようだ。

そんなティッシは1974年8月1日イタリアのタラント生まれた。

ゴシック様式の大聖堂とウォーターフロントの遊歩道とケーブルカー鉄道で有名なコモの町のカトリック家庭で育った。

過去のコレクションで、信者や神父をランウェイに起用したことがあるのもその家庭環境が背景となったのだろう。

幼少期の頃は、姉妹たちがナイトアウトのためにドレスアップする様子や、男性のゴシップを語るのを見ているのが楽しんでいたそうだ。

彼の服作りにも表れている独特の女性の”美”にたいする概念や、男性目線で女性美を引き出すデザインの手法は、もしかしたらこの頃に養われた才能かもしれない。

ゴシックファッションに夢中だった10代

ティッシは、十代の頃ゴシックファッションに夢中だった。

ゴシックファッションといえば、様々なスタイルがあるが、一般的には黒のアイラインなどのメイクや黒髪、全身真っ黒のコーディネートなどが浮かぶだろう。

当時ティッシは、長い髪と不気味な白化粧で塗りつぶし地元では目立つ存在であったが、母親は周りの人から浴びせられる否定的なコメントから彼を守り彼の個性を尊重したという。

今でもリカルド ティッシのコレクションは、主に黒や白を使用しておりダークでゴシックタッチなファッションと表現されることが多い。

しかし、2007年のニューヨークタイムズのインタビューでは「ゴシックと表現されることもありますが、ゴシックだとは思いません。ロマンティックで感覚的なタイプのものが好きです」と語っている。

彼にとってゴシックファッションは、一般的などこか不気味な雰囲気も持つようなイメージとは違い、美しくエレガントなものと感じているのだろう。

ゴシックファッションを象徴する『黒』に対しても「黒は常にエレガントです。パレット内のすべての色から作られた、世界で最も完全な色です」と語っている。

セントラル・セント・マーチンズへ。

17歳の時、家族の元を離れ奨学金の助けを借りて、セントラル・セント・マーチンズで本格的にデザインを勉強するために入学し、ロンドンに移住した。

そのころのセントマーチンズには、リチャード ニコル、ジョナサン サンダース、マリオス ショワブなど今も活躍する世界的なデザイナーたちがいたという。

中でも優秀な成績だった彼は、在学中から注目を浴びており、『8.30』と題した卒業コレクションは多くの賞賛を浴びたという。

デザイナーとしての華々しいキャリア

卒業後は、イタリアに戻り約5年間『アントニオ・ベラルディ』、『コカパーニ』、『プーマ(PUMA)』、『ルッフォ・リサーチ』などの有名ブランドに勤務したのちに、2004年9月、自分の名前を冠とした初めてのコレクションを発表した。

ミラノのプレタポルテ・コレクションの伝統や慣習を無視して、一連の「ハプニング」のように構成した彼のショーは、演出が型破りであっただけでなく、従来のファッションとは違うという印象を人々に与えた。

そして、ちょうど30歳だった2005年3月、2005-2006A/Wシーズンのオートクチュール・コレクションより『ジバンシィ』のウィメンズのクリエイティブディレクターに就任いた。

その3年後にはメンズのクリエイティブディレクターも兼任するようになる。

歴代のジバンシィのデザイナー(ジョン ガリアーノ、アレキサンダー・マックイーン、ジュリアン マクドナルド)と比較しても、ティッシの評価は高くブランドを甦らせたと言われている。

スポーツウェアとのコラボレーションや、スポーティーな要素を含んだデザインをジバンシィで多く披露しているティッシは、「スポーツウェアは私のスタイルに欠かせません。スポーツ、ストリート、エレガンスのミックスは素晴らしいものだと信じています」と語っており、その風潮は今やラグジュアリーファッションの標準となりつつある。

いまやメンズとレディースの合同ショーは当たり前だが、その先駆けとなったのはティッシ率いるジバンシィだそうだ。

ちなみに彼は、ジバンシィを手がけながら自身のラインを持っていたが数年後に手放している。ティッシは、提示された買取の金額を見て「母や姉妹が今よりも良い生活を送れることがわかった」からだと、後に語っている。

セレブリティとの広い交友関係

彼のファンはジバンシィの顧客のみならず、セレブリティにも多い。

ジバンシィではエリカ・バドゥ、ジュリア・ロバーツ、トランスジェンダーのモデル、リア・T(彼の古い友人でありアシスタント)を広告キャンペーンで起用している。

カニエ・ウエストとも親交が深く、2014年にカニエ・ウェストの結婚式のためにキム・カーダシアンのウェディングドレスをデザインしたり、ティッシの40歳の誕生日には、カニエ・ウェストがライブ演奏を行い「私の人生の最高の存在」だと語ていたそうだ。

また、ビヨンセの2015年のメット・ガラの衣装として、彼女の宝石や真珠をちりばめたガウン、全長ラテックスのドレスをデザインした。

数時間も遅刻して登場したビヨンセはヌーディーの新たな極みを見せつけ、その姿は遅れて登場したことなどを忘れさせるほど圧巻だったそうだ。

2008年には、マドンナのワールドツアーにティッシがデザインしたコレクションが選ばれている。M.I.Aとニッキ・ミナージュのスーパーボウル・パフォーマンスのための衣装もデザインした。

リアーナの2013年ワールドツアーのためにステージ衣装を設計し、「彼女は現代の顔」としてのポップスターを歓迎している。

セレブ仲間を多く持つが、彼は自身のルーツを忘れず謙虚であろうとしている。

「ストリートの魂を忘れていません。それは私の血に流れています」とティッシは語っている。

ティッシ率いる新生バーバリーの幕開け。

2019春夏コレクションが彼のバーバリーでのデビューコレクションとなる。

ジェンダーレスや多様性を追求し、戦略的でありながらも先進的に、様々な壁を壊してきたティッシ。

彼がイギリスの伝統あるメゾンブランド、バーバリーに変革とドラマをもたらすことに多くの人が期待している。

「私は大胆不敵なデザイナーとして生まれた、大胆不敵なデザイナーとして死ぬつもりです。それが私です! 」

新たな歴史の幕開けは、2018年9月のロンドンコレクションにて。

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