フランスの週刊誌”STYLIST”に次のような記事があった。

“De Kanye West à A$AP Rocky, les stars de la pop se mettent en scène en piquant les codes des performances d’art contemporain. Ça passe ou ça casse?”

「カニエ・ウエストにエイサップ・ロッキー、ポップスターがコンテンポラリーアートのパフォーマンスに刺激されている。これは成功か失敗か。」(STYLISTより)

同誌はこれに対する反対意見も紹介しつつ、その可能性を述べている。

2000年前後、Death Row Records (デス・ロウ・レコーズ)を筆頭にギャングとは切っても切り離せないカルチャーだったヒップホップ。再燃する今日ではランウェイのフロントロウにラッパーが並び、グラフィティはアートとして扱われる。

果たしてヒップホップはカルチャーとしてのみの存在であるのか、それともコンテンポラリーアートと混ざり始めたのか。

エイサップ・ロッキーの葛藤

まず、なぜ“STYLIST”はエイサップ・ロッキーを取り上げたのか。5月20日、自身3枚目のアルバム “TESTING” のリリース発表の場として、ニューヨークSotheby’s (サザビーズ)で彼は “Lab Rat” と題されたパフォーマンスを行った。

ガラス板でできたボックスでエイサップ・ロッキーは囚人服のような服をまとい、90分間閉じ込められる。その間彼は、牛乳を飲まさせられたり頭を冷水に浸けさせられたりし、モルモット(=Lab Rat)のような扱いを受ける。およそ説明なしでは理解のできないパフォーマンスだ。

出典: https://www.nytimes.com/2018/05/25/arts/music/asap-rocky-sothebys-testing.html

このパフォーマンスについて、 “The New York Times” には次のように書かれている。

“While he has been one of the most influential personalities in hip-hop of this decade — in terms of aesthetics, musical and personal — that hasn’t always translated to musical success. (…) “Is it necessary for me to be at the Met Gala every year?” he asked. (…) The box, he says, is “a metaphor for me being distracted”.

「彼は美的、音楽的、人物的に今のヒップホップにおいて最も影響力のある男の一人だ。だがそれは音楽的な成功だけで成り立つものじゃない。エイサップ・ロッキーが問う、『俺が毎年メット・ガラに参加する必要はあるのか?このボックスは俺のこの混乱を表現してる』」(The New York Timesより)

一人のラッパーとして、加速しすぎたヒップホップ×ハイファッションへの疑問を投げかけた「ファッションアイコン」エイサップ・ロッキー。自身をコンテンポラリーアートにおけるGOAT (Greatest Of All Time)と呼ぶ彼は、その葛藤をパフォーマンスで表現した。

2010年代におけるコンテンポラリーアートは、触れた瞬間の感動では何かを語ることは難しく、アート自体が持つ個人的な背景や歴史的な流れを知ることが必然的に求められる。彼の今回のパフォーマンスはまさにそうだ。

ラッパーとしてアルバムを発表し、アーティストとしてパフォーマンスを披露した。 彼が求めるヒップホップ×コンテンポラリーアートの形が、このイベントに凝縮されていたと言える。

立体アートとヒップホップ

エイサップ・ロッキーといえば、先日世界の話題をかっさらった、Virgil Abloh (ヴァージル・アブロー)によるLOUIS VUITTON (ルイ・ヴィトン)のランウェイに参加していた。

その他多くのセレブリティが参列していたが、目立ったのはコンテンポラリーアーティストの村上隆だ。カニエ・ウエストがヴァージル・アブローをハグし賞賛する後ろで、満面の笑みを浮かべていた。

出典: https://www.instagram.com/p/Bkfd3a1gaim/?taken-by=virgilabloh

二人はご存知の通り友人関係を築いており、今はパリのガーゴシアンギャラリーで共同展示 “TECHNICOLOR 2”を1か月間行っている。

村上隆、新旧問わず日本的なエレメントを使いつつ、西洋アートの「コンテクスト」を正確に読み取ることで両者を違和感なくマッシュアップさせるアーティストだ。ヴァージル・アブローは今回の展示について次のようにコメントしている。

“Nous sommes habités par l’intention fondamentale de faire des œuvres d’art qui sont formées par l’observation de la société ()… et qui par leur seule existence produisent un impact culturel nouveau.”

「私たちは生まれた時から、社会批判からアートを創る欲を抱いています。それはたった一つで新たな文化的なインパクトを生み出すものです。」(GAGOSIANホームページより)

社会批判は、ヒップホップカルチャーにおいて不可欠なものだろう。SNOOP DOGG (スヌープ・ドッグ)からKendrick Lamar (ケンドリック・ラマー)、Jean-Michel Basquiat (ジャン=ミシェル・バスキア)からBanksy (バンクシー)。ラップであれグラフィティであれ、誰もがこれをメッセージとして伝えている。

シカゴのストリートカルチャー、とりわけMichael Jordan (マイケル・ジョーダン)を見て育ったヴァージル・アブローと村上隆が合同製作することは言うまでもなく、ハイファッション×コンテンポラリーアート×ヒップホップである。

Andy Warhol (アンディー・ウォーホール)から流れが生まれた現代のコンテンポラリーアートは先述した通り、バックグラウンドが非常に大切なアートだ。その新たな要素として、今ヒップホップが選ばれている。

またヒップホップ自体も変化を求める中でハイファッションだけでなく、コンテンポラリーアートを吸収することはポジティブな結果を生んでいるだろう。

もちろんヒップホップとコンテンポラリーアートが混ざり始めたのは現代ではない。バスキアが活躍した80年代、グラフィティやペインティングといった視覚的なヒップホップがアートの世界にそのカルチャーを忍ばせた。その動きが今花を咲かせたと言って良いだろう。