Karl Lagerfeld (カール・ラガーフェルド)によるCHANEL (シャネル) 2018/2019秋冬オートクチュールのショーが、お馴染みのグラン・パレ本堂(La Nef)で行われた。

シャネルのショーで様々に姿を変えてきた同建物。今年はと言うと、パリセーヌ川沿いの風景を忠実に、そしてかわいく再現された。古本売り(ブキニスト)の緑のスタンド、光の街(Ville Lumière)パリを象徴する街灯、そして後ろにそびえるフランス学士院 (L’Institut de France)。非現実的なものはまっさらな歩道くらいだ。

ラガーフェルドが青春時代に移住し愛してきたこの街は、今回のショーにどのように影響しているのだろうか。

ラガーフェルドとグラン・パレ

2005年以降、シャネルがパリで行うコレクションショーといえばグラン・パレだ。今年の初め、シャネルが同建物の改装に2500万ユーロを寄付したことで、ショー会場としての利用を独占する権利を得た。

今回のオートクチュールもそうだが、ラガーフェルドはこのグラン・パレをそのまま使うのではなく一つの「舞台」に仕上げる。実際のクチュリエとともにシャネルのアトリエを再現したり、等身大のエッフェル塔の脚部を設置してみたり。去年は同建物を「森」に変身させた。

出典: https://www.youtube.com/watch?v=qHzam_SGlJo

シャネルとグラン・パレの関係について、シャネル・ファッション・プレジデントのBruno Pavlovsky (ブルーノ・パヴロフスキー)はこう語る。

“CHANEL et le Grand Palais ont créé ensemble un lien très fort, initié par Karl Lagerfeld en 2005. Le Grand Palais, avec sa nef exceptionnelle qui abrite nos défilés, est pour CHANEL beaucoup plus qu’un simple monument au coeur de Paris. Sa remarquable architecture en fait un véritable lieu d’inspiration et de création pour Karl Lagerfeld”

「シャネルとグラン・パレは、ラガーフェルドによって2005年に強い関係を結んだ。パリの中心(=心臓部)である以上に我々のショーを包む大切なものだ。その傑出した建築はラガーフェルドのインスピレーションとクリエイションの場にもなっている。(CHANEL NEWSより)

もちろんグラン・パレ自体ありふれた建築物ではない。1900年にパリ万博のために建てられ、その後本堂と別にナショナルギャラリーや科学技術博物館といった常設展示施設の役目を果たしている。

パヴロフスキーが言うように、同建物はパリの心臓部を担っており、パリジェンヌまたはパリジャンにとって欠かせない遺産である。

2017/2018秋冬オートクチュールのショーでは、パリ市長Anne Hidalgo (アンヌ・イダルゴ)が彼に、パリへの多大な貢献を表してパリ市名誉勲章を授与した。市民に愛される歴史的建物での授与は、パリからラガーフェルドへの愛である。

彼がグラン・パレで演出してきた「舞台」は個人的な魅惑やパリへの愛、シャネルのDNA、それに社会の流れまでも映し出してきた。シャネルと共にパリの100年を見続けたグラン・パレは、パリを愛するラガーフェルドにとって最高のキャンバスなのかもしれない。

70年間触れ続けた街パリ

ショーはLeon Vynehall (レオン・ヴァインホール)の儚くも流動的なBGMでスタートした。奇しくもレオンの祖父母は50年以上前にイギリスからアメリカへ渡った移民だ。

ラガーフェルドがドイツの港町ハンブルクからパリへ移住して今年で70年ほどが経つ。生年が明らかでないので曖昧な表現になってしまったが、第二次世界大戦やアルジェリア戦争の影響を考えざるをえないショーの始まりだったと言える。

1950年代前半、未だ戦争の跡が見え隠れし、ラガーフェルド曰く「ダーティストリート」だったパリの街並み。その暗い雰囲気と反対に、彼はパリに恋に落ちたと話す。

今回のショーもエッフェル塔をモチーフとしたシーズンも、再現されたパリの要素はどれも19世紀以前からあるもの。再現したものは現代のパリかもしれない。しかしそれは彼が恋に落ちた頃と変わらぬパリの姿なのである。

出典:https://www.instagram.com/chanelofficial/?hl=ja

VOGUE (ヴォーグ)インターナショナル・エディターHamish Bowles (ハミッシュ・ボウルズ)は今回のショーに関して次のように語った。

“The collection’s tweeds, failles, and chiffons evoked the nuances of the city’s greige stone facades beneath smoldering gray skies, lit by astonishing embroideries that sparkled like the lights of the bateaux mouches on the Seine, and showcased the nonpareil workmanship of the great fashion fournisseurs that Chanel has acquired to ensure its flourishing survival.”

「コレクションに現れたツイードやファイユ、シフォンは焦げた暗い空と石畳の灰色がかったニュアンスを、輝かしい刺繍はセーヌ川に浮かぶ遊覧船の光を、そしてショーケースはシャネルが勝ち得てきた唯一無二のワークマンシップを反映している。」(VOGUEより)

出典: https://www.instagram.com/chanelofficial/?hl=ja

ラガーフェルドが35年間守り抜いてきたシャネルのヘリテージは今、彼のパリへの愛を言葉なく表現する最高の手段となったのである。

今日、パリで工事現場を見かけない日はない。エッフェル塔の周りさえテロ対策として防弾ガラスの囲いが建設されている最中だ。それでも彼らは、捨ててはいけないものをしっかりと見極めている。

街の景観、それがパリのパリたる所以であり、ラガーフェルドが愛してやまない街である。

ラガーフェルドが移住してきた時からパリを象徴する建物だったグラン・パレ。13年間にわたりシャネルと同建物は密な関係を続けてきた。ブランドとグラン・パレ、同時代に生まれたものだからだろうか。

もしそうであったとしても、ラガーフェルド抜きでは、また彼のパリへの愛なしには成立しなかったかもしれない。

彼のモードにおけるエポックメイキングと、パリへのノスタルジーは、まだまだこれからも世界をきらめきの渦で巻き込んでくれることだろう。